メッセージ

  ~本日のメッセージ「水がめに水をいっぱい入れなさい」~澁谷和美牧師
 ヨハネ2章1~11節(p165~166)
 
カナでの婚礼のエピソードはヨハネ書にのみ記されている。
イエスの弟子となったナタナエルの故郷(ヨハネ21:2)カナで婚礼があり、イエスと弟子たちは出席し、そこにはイエスの母もいた。
 婚礼に欠かせないぶどう酒がなくなったという事態に、母マリアはイエスにそのことを伝えた。明らかな拒否と思える言葉をイエスから受けっとった(「婦人よ、私とどんなかかわりがあるのです。私の時はまだ来ていません。」)。にもかかわらず、マリアは召使たちに「この人が何か言いつけたら、その通りにしてください。」といった。
 やがてイエスは召使に「水がめに水をいっぱい入れなさい。」と指示したので彼らはかめの縁まで水を満たした。そこにはユダヤ人が清めに用いる石の水がめが6つおいてあった。一つのかめの容量は80から120リットルである。イエスから宴席に「それを汲んで」持っていくように言われて彼らは運んだ。その水はぶどう酒になり、しかも極上のものであったので、世話役を驚かせた。
 「わたしの時はまだ来ていない」と拒否したイエスであった。イエスにとって「わたしの時」とは十字架での刑死による全人類の救いである。まだその時は来ていない。
ユダヤ社会では聖と俗、汚れによって社会が分断されている現実がある。イエスは清めの水がめを酒樽にすることによって分断を解消し、汚れ、罪、病にある人たちへの差別、周縁にある人々も神の前に立ち救いに入れられることを暗示している。
婚宴においてぶどう酒がなくなるという危機的状況が、最高のぶどう酒でもてなす場に変わった。ぶどう酒、婚礼はユダヤ人にとってメシヤ時代のシンボルである。ヨハネはまだ来ていないその時の先取りとしてのカナの婚礼のしるし奇跡によってメシヤ到来にふさわしいエピソードとしてここに載せているのであろう。